puttinpuddinのブログ

コンサルタント見習いの仕掛かり作業

「できている」と伝える

若干テクニカルな話。

 

「できている」と伝えることは、チームの生産性を押し上げる効果が大きい一方で実践が難しい。従ってマネージャーのパフォーマンスを左右する主要因の一つだと思っている。

 

経営コンサルティングの仕事は、クライアントの抱える問いをテーラーメイドで解くという性質上、業務の標準化に限界があり、社員の年齢構成が若いことと相まって、全員が常に何かしら経験量の少ないことに取り組まなければならないようになっている。経験量が少ないにも拘わらず高い品質を担保しなければならないとなると、当然学習が必要になってくるので、つまるところ、経営コンサルティングの仕事で安定して高い水準のパフォーマンスを実現するためには、個人/組織として学習に習熟することが重要になる。

 

学習の速度を決めるのはマインドリソースの投下量だが、このマインドリソースは、意識的にコントロールしない限り複数の事柄に分散する形で投下されてしまい、効率的な学習が妨げられると思っている。

抽象的な記述になるが、コンサルタントのようなジェネラリストの仕事は情報処理の手続きが明確に定義しづらく、また、異なる複数の処理を束ねる形で成り立っている。それ故、そもそもマインドリソースの投下対象を明瞭にすることが難しいし、また、ある成果を実現しようとある行動を選択して所期の結果が得られなかったとき、明確なフィードバックが個々の処理に対して得られることも少ないためどの処理で誤ったのかが特定しづらい。更に、最終的な成果に対するフィードバックが明確でないために、「できていた」にも関わらず「できていない」と評価して折角の正しい処理を変更してしまうことすらある。つまるところ、ジェネラリストの仕事というのは、学習のサイクルを回すのが難しい。

 

ジェネラリストの仕事にこのような特徴がある中、「できている」と伝えることは、できるようになりつつあることに輪郭を与えて情報処理の手続きについての理解を促すとともに、正しいフィードバックを与えてその処理にこれ以上マインドリソースを投下する必要がないことを示すことになる。結果として、マインドリソースの投下先を絞り込むことに繋がり、学習を速める。学習速度が成果を左右する局面ではこれは積極的に実践するべきだと思っている。

 

が、いざ実践しようとするとこれが案外難しい。というか、勇気がいる。 

「できていない」は成果物の粗を探せば可能であり、完璧な成果物がそうそう無いことを踏まえると、理屈上は無限にできる。一方で、「できている」と伝えるためには明確な品質基準や要件が定義できていないといけない。仮説検証のプロセスやクライアントフェイシングのような分野では、品質基準や要件を定義すること自体が難しく、そもそもの仕事に対する高い理解/洞察が求められる。仕事に対する自分自身の理解を相手に開示するのはまあ怖い。

また、「できている」と伝えた場合には隣接する「できていない」ところを看過しても良いというメッセージが誤って伝わる可能性を伴うため、伝えられた側が改善を止めてしまう危険性を孕んでいる。相手への思い入れが強く期待が大きいほど、こうした危険性をおそらく誰もが過大に評価してしまう。「できている」と伝えようと思っても、本当に伝えて良いものか逡巡したことは一度や二度ではないはずだ。相手の自己認識やそのとき描いている成長のストーリーを踏まえたうえで、結果を引き受ける踏ん切りがいる。

 

以上のように、「できている」と伝えることは、必要性が高いにも関わらず技術的・心理的な難しさがあるため、実践する側のマネージャーに一定の成熟が求められる技術だと思っている。